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<ノベル>
+ 闇に寄り添うもの +
静かな時を刻む一室には、目覚めることのない美しき眠り姫。
噎せ返るほどの薔薇の香りが死臭を消し、部屋を艶やかに彩る。
深紅のドレスを纏った女を見守るのは4体の西洋人形。
人形達は儚さを感じさせる表情を浮かべ、寄り添うは白磁の壺。
一体ずつ白磁の壺に触れている仕草は違えど、床へと落とさないように触れる仕草は、その壺が大切な物だと感じさせた。
硝子の棺の中、女と共にあるのは1体の西洋人形。
側には封が施されていない白磁の壺。
いつからその場に居たのか、ひときわ深い闇を纏う黒衣の男が佇んでいた。
ブラックウッドだ。
泰然とした雰囲気を持つ男は、口元に笑みを浮かべ、女の頬にそっと触れる。
命脈を感じさせない女の肌は冷たかったが、それは死の側に存在するブラックウッドも同様だ。
女の魂が僅かでも身体に留まることが出来るようにと、印を残す。
4体の西洋人形に視線を移すと、ブラックウッドは溜息をついた。
(術として成立していないと言うのに、犠牲となった者達の何と可哀想なことか……)
男の一途さは好むべきものだったが、犠牲を強いてまで貫く愛が果たして、愛しく恋い焦がれる女が喜ぶのだろうか。
自分が例え甦ったとしても、自身の後ろには犠牲となった者達が連なっていると言うのに。
愛は盲目と言ったものだが、死してなお愛を捧げる程の熱情とは、どれほどのものだろう。
拙いまでも、死した女を甦らせるべく奔走する姿は、他者を殺めるという行為を省けば、女だけを思う純粋な想いだ。
純粋なる想いにつけ込んだ呪術師には不快さを感じたが、今はその者は無く、あるのは男と女、そして4人の犠牲者。
(いや……、あと1人で5人目か。そうはさせるつもりは毛頭ないが、さて……)
ブラックウッドは廊下に響く靴音に、うっすらと微笑んだ。
+++
「本当に……?」
男は驚きの表情を浮かべる。
もし、それが本当なら、これほど嬉しいことは無い。
「君がエリザ嬢と幸せになる力添えをしたいだけだからね」
「ああ……っ!」
男は感極まった表情を浮かべ、差しのべられたその手に縋りついたのだった。
+++
第一の殺人現場としての保存検証は終え、既に解放された殺人現場に一人の男が立っていた。
殺人があった場所として、未だ記憶に新しいこともあって、誰も立ち入る者は無い。
あらかた現場を見終えた男は、身体のバランスを崩し転びそうになるが、転ばないように踏みとどまると、ひときわ血が染み込んだ場所に立った。
そして、微かに力ある言葉を発する。
煌めく粒子のように、緩やかに広がった後は、真実が再現される。
犠牲者が見た光景を。
――人気の少ない深夜。
街灯の頼りない灯りの下を足早に通り過ぎようと、一人の女がヒールの音を響かせて歩いている。
誰が言ったのか、ヒールの音は痴漢やストーカーといった、加害者の嗜虐心を刺激するらしい。
ふと、そんな事を思いだした女は、帰宅する時間が遅くなる場合には、もう少し低いヒールにしようと決めた。
だが、そんな決意も無駄に終わる。
女の命を奪う存在が直ぐ側に迫っていたのだから。
街灯の下、ひときわ濃い影が出来たその場所に男は潜んで居た。
ゆっくりと女の前に現れた男の手には銀色の刃の煌めき。
『……!』
踵を返し逃げる女。
『助けて!』
先程まで灯っていた街灯は消え、あるのは闇だけだ。
助けを呼ぶ声は闇に飲まれ、掻き消える。
追いついた男が、女の腕を掴み引きずり倒す。
『きゃあぁぁぁっ……!』
振りかざす刃が、恐怖に彩られた女を赤く染めた。
瞳孔の光が鈍くなり、動いていた身体はゆっくりと弛緩し、身体がずっしりと重くなる。
男は気にもせず、女を動かしていた源、突き刺したままの刃をそのままに、ゆっくり刃を引き切り進める。
そして、赤く濡れる心臓を取り出したのだった。
男は銀の刃を投げ出すと、暖かな心臓を革袋に入れる。
『あと、4つだ……』
ゆらりと深い闇に身を委ね、次の犠牲者を捜し男は彷徨いだしたのだった。
「ふん、愛しい女を取り戻すという割には、随分と追い詰められた表情だな」
ロゼッタ・レモンバームは眼鏡の奥の瞳をすっと細め、施した魔術が見せた過去の記憶を読み取ると呟いた。
(こんな甦りの魔術など聞いた事がないが、魔術の知識の無いものが、他者からこの方法で甦ると唆されれば、それが真実だと疑いはしないだろうな)
「気づかないのは幸福なのか、不幸なのかと言うところだが」
念のために、第二、第三、第四の事件現場へと足を向けた。
興味を誘う、事件現場へと。
+++
「少しお待ち下さいね」
映画実体化問題対策課、略して、『対策課』の現場責任者である植村直紀は、別室に資料を取りに行く。
シャノン・ヴォルムスはその後ろ姿を見送ると、ついと何気なく対策課の風景を眺める。
数分程で戻ってきた直紀は、分厚い資料を手渡した。
「随分と分厚いな」
「ええ、何しろ4件の殺人事件ですから」
直紀はそう言いながら、深い悲しみの表情を浮かべる。
「そう落ち込むなよ。これ以上の犠牲を出さないように、俺らが居るんだからさ」
「よろしくお願いします」
シャノンは直紀の肩を叩くと、椅子に座り資料に目を通し始める。
(共通するのは襲われたのは女であること、心臓が取り出されていること、指紋が残っていないということか)
「目撃者は居ないんだな。見てしまったのなら、運が悪くて殺されていたかも知れないから、目撃者が居ないことは運が良かったのかもな」
「シャノン様もこちらにいらっしゃってましたのね」
良く通る声にシャノンが視線を向ければ、優雅な所作で歩いてくる北條レイラの姿が目に入った。肩にはちまっとバッキーのサムライが乗っている。
「レイラもこの件に?」
「ええ。ご一緒しても?」
レイラはまるでロミオとジュリエットな二人のすれ違いを悲しい感じながらも、他人を犠牲にして得ようとする幸せは許し難く思っていた。
(これ以上、犠牲者は増やさせはしませんわ)
「ああ」
「何か手がかりになるようなものがありましたか?」
レイラは微かに首を傾げて、シャノンを見た。
「わかりやすい共通点は幾つかあるな」
先程、読んでいた資料の共通点をさらっと説明すると、さりげなく惨い現場写真のページを送ってから、資料をレイラの方に向ける。
文字で詰まった資料に目を通し、第一、第二、第三と続いて、ふと気づく。
「この事件は第一、第二、そして第三、第四と二回に分けて事件が起こり、両日とも日曜日なのですね。曜日にこだわるのには何か訳があるのでしょうか」
レイラは浮かんだ疑問を口にする。
「日曜か。確か……、日曜はSunday、語源はまんまsun、太陽だ。後は、ドイツじゃ謝肉祭の最後の日曜日は薔薇の日曜日って言うな。教皇が薔薇を手にして救世主の受難を知らせる日でもあるが……」
「この男性はドイツのお名前ですわね」
「多少は倣ってみたくなったのか、成功度を上げたかったのかは分からないが、迷惑な行為だ。受難は犠牲者で、太陽による再生は男が甦りを願う女のためだからな」
シャノンは眉を顰めながら言葉を紡ぐ。
(安易な……。その方法が本当に甦らせることが出来るものなら、俺も試そうと思ったのかも知れない。だが、それは出鱈目で、甦りはしない術だ。男は可哀想だと思うが、何よりその想いにつけいる呪術師を許せない。あれは、俺が辿ったかも知れない未来予想図なのだからな……)
「今日は日曜の昼前ですから、まだ間に合いますわ」
明るくレイラが言う。
「そうだな……」
「わたくしが囮になります。そして、これ以上、犠牲者が出ないように決着を付けましょう」
「時間は分かっているから、準備をして候補になりそうな場所を設定すればいいだろう」
シャノンは銀幕市の地図を広げ、既に起こった殺人現場に印を付けていく。
「襲われるのを待つという案は随分消極的だな」
そう口を挟んだのは、殺人現場をまわって来たロゼッタだ。
「何か名案でもあるのか?」
「やって来る前に此方から行けばいい」
トン、とロッドの先端を向ける。地図には大きめの×印がついていた。
「レトロな雰囲気のあるマンスリーマンションですわね」
「男は殺しをすると、必ず女が待つ部屋の方向を見ていたからな。あとは交差する場所に見当を付けたわけだ。さて、どうする……?」
自信を感じさせる笑みを浮かべ、ロゼッタは問うたのだった。
+ 闇より誘われし魂、愛を取り戻し、あるべき姿へと +
「なんか妙に闇が濃いな」
ロゼッタがマンションを見上げ、呟く。
「どうした?」
先にエレベーターホールで、ドアが閉まらないようにして待っているシャノンが振り返る。
「ん、いや、あの男の気配が薄い気がしたんだが」
エレベーターの檻へと入るとドアを閉め、上昇を始める中、言葉を交わす。
「誰か居るのでしょうか。男性と女性、殺された方々の心臓と、何か別のものが……」
レイラは退廃的な雰囲気のゴシックファッションに身を包んでいる。先程まで肩に乗っていたサムライはスカートの中、パニエの中に居た。正確には太腿に巻き付けてあるガンホルスターにちまっとしがみついているのだが。父と母から贈られた銃は腰のホルスターに収められている。
「先客がいるようだが、どうするかな」
覚えのある気配に、シャノンは考えを巡らす。
「知り合いの可能性が高いから、向こうの出方を見てから対処するしかないようだ」
「問題ない」
「わかりましたわ」
檻が開き、廊下へと出ると3人は無言で歩き出した。
+++
(ふむ、彼らが来たようだね)
ブラックウッドは、エリザの手を取り硝子の棺からゆっくりと立ち上がらせる。そして、エリザを待つベルンハルトへと誘った。
「ああ、エリザ、僕のエリザ……! 僕がわかるかい?」
ベルンハルトはエリザの手を取り、熱の籠もった目で見つめる。
「……、あ、あぁ……っ! ベルンハルト!」
目の前にいるのはベルンハルトだと緩慢な思考の中、歓喜に満ちた声を上げた。エリザは涙が出るくらい嬉しいはずなのに、涙が流れないのは、自身が死人であることを認識させていたが、今はただ、愛する人と会えた喜びを分かち合いたかった。
ブラックウッドは恋人達の甘い逢瀬に満足げな表情を浮かべると、扉へと視線を向ける。
「どうぞ、鍵はかかっては居ないよ」
「……やっぱり、あんたか」
入るなりシャノンが言う。
「君も本当はこの結末の方を望んでいると思ったんだけれどね……?」
ブラックウッドは口元に笑みを刻み、意味ありげにシャノンの方を見る。
「……」
シャノンは黙ったままだ。
ロゼッタはブラックウッドが背後に庇う二人の男女を見る。
「あなたが、女性を?」
「そうだよ。愛し合う恋人達には幸せになって欲しかったからね」
「では、彼が試していた甦りの魔術は、不発だったということですね?」
「犠牲者もこれ以上増えることもなく、再会できる方法があるのなら、手を差し伸べてあげたいと思ったんだよ」
「……それでも、エリザさんは死人ですわ。仮初めの命をもっているだけの」
レイラが拳銃を構える。
「彼はまもなくエリザ嬢の手に引かれて、冥府へと旅立つよ」
甘い誘惑だ。
「それじゃ駄目だ」
(それじゃ残らない)
ブラックウッドの言葉に重ねるようにシャノンが言う。
「二度とこんな事が起こらないように、この場で俺が殺す」
きりきりと胸が痛むのを、シャノンは振り切って銃を構える。二丁拳銃だ。
「それが正解だ」
ロゼッタはシャノンへと視線を向けると、ロッドを翳した。
薄暗い室内を光が満たす。
レイラとシャノンは二丁拳銃でエリザとベルンハルトに銃弾を。
ロゼッタはブラックウッドに薔薇の蔦で戒めを。
自身の持つ薔薇だけでなく、室内には沢山の薔薇に満たされている。ロゼッタの魔術作用で薔薇たちが息づく。
エリザとベルンハルトは抱き合いながら、ゆっくりと床へと頽れた。
幸せそうな二人の表情が救いだろうか。
「一緒に死ねるなんて、幸せだと思わないか……?」
シャノンは俯き加減で呟くと、扉へと足を向ける。
(仕方のない子だね)
蔦の戒めから解放されたブラックウッドは、優しく微笑むとシャノンの後を追う。
「食べちゃ駄目よ?」
レイラは、もぞもぞと出てきたサムライに、めっ、と指を振り、肩の上に乗せた。
二人の様子から、大丈夫だと判断したロゼッタとレイラは後片付けを請け負うと、行動を始める。
ロゼッタはロッドを腰のベルトに挟み込むと、プレミアフィルムを拾いあげる。
「……っ!」
(セーフだっ)
転びそうになって、うっかり落としそうになったプレミアフィルムをしっかり掴み、内心呟いた。
レイラは対策課に連絡を入れていた。壺に入った心臓が4つあることを。
+++
対策課に報告を終えた後、ゆっくりと階段を下りる。
「これで終わりですわね」
レイラが漸く終えたのにほっと胸を撫でた。
「そうだな」
言葉少なにシャノンが同意する。
「おや、これは何かな?」
ブラックウッドが飛んできた一枚の広告を立ち止まり、手に取った。
『あらゆる映像記録、例え写真一枚からでも映画をお作りいたします』と、謳い文句がホワイト地にマットシルバーの色で印刷されている。
「ああ、それは最近出来たという会社だな」
何度か見た事があるのか、ロゼッタが説明する。
「一度頼んでみたい気がしますわ」
レイラが、こういうところなら、思い出をより綺麗に作ってくれそうだと思ったからだ。
「そう言うのも良いんじゃないか」
(俺は記憶に残る彼女で十分だが)
シャノンは心の中で呟く。
ふむ、とブラックウッドが考え込む仕草をすると、ウェストコートのポケットから懐中時計を取り出し、納得する。
「ティータイムに良い時間だ。お茶でもどうだね?」
「良いですわね」
レイラの同意で決まったのか、シャノンとロゼッタは二人の後をついて歩き始めたのだった。
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クリエイターコメント | お待たせしてしまいまして、申し訳ありません。 竜城英理です。 全てのプレイングを反映することが出来ませんでしたが、お気に召す所があれば幸いです。 戦闘が一瞬だったのは、ベルンハルトがへなちょこだからです……。愛に生きている人なので。 フィルムの中で、恋人達は幸せなまま過ごすのだと思います。
それでは、又お会いできると嬉しいです。 ご参加ありがとう御座いました。 |
公開日時 | 2008-02-25(月) 19:00 |
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